模型の仕上がりを格上げ:デカール貼りに必須のツールと正しい使い方
はじめに:デカール貼りが模型製作にもたらす変化
模型製作の工程において、塗装と並んで仕上がりを大きく左右するのが「デカール貼り」です。機体のマーキングやコーションマーク、部隊章などを再現するデカールは、模型に情報量とリアリティを与え、作品全体の印象を格段に向上させます。
しかし、デカール貼りは繊細な作業であり、特に初心者の方にとっては「難しそう」「失敗したらどうしよう」と感じやすい工程かもしれません。実際、位置ずれやシワ、破れ、乾燥後の白化など、様々なトラブルに見舞われることも少なくありません。
この記事では、模型のデカール貼りを成功させ、より完成度を高めるために不可欠な「道具」に焦点を当てます。単にデカールの貼り方を紹介するだけでなく、なぜ特定のツールが必要なのか、それぞれの役割と効果、そして失敗しないための選び方や使い方を詳しく解説いたします。これからデカール貼りに挑戦する方や、過去に失敗経験のある方が、自信を持って美しいデカールを貼れるようになるための一助となれば幸いです。
デカール貼りの基本ツール
デカール貼りを行う上で、まずは最低限揃えておきたい基本的なツールをご紹介します。これらは専門ショップでなくても手に入りやすく、模型製作の他の工程でも役立つものばかりです。
- ピンセット: 小さなデカールを台紙から剥がしたり、水に浸けたり、模型本体に移動させたりする際に使用します。先端が細く、対象物をしっかりと掴める精密ピンセットがおすすめです。デカールを傷つけないよう、先端が平らなタイプや、滑り止め加工されたものもあります。
- デカール皿/小皿: デカールを水に浸けるための小さな容器です。専用のデカール皿もありますが、使い捨てのプラスチック小皿や、家にある小さめの皿、ペットボトルのキャップなどで代用できます。
- 水: デカールを台紙から剥がすために使用します。水道水で構いませんが、ミネラル分の少ない精製水を使うと、乾燥後の白化(水に含まれるミネラル分が結晶化して白く浮き出る現象)を軽減できる場合があります。ただし、通常の水道水でも十分に作業は可能です。
- 綿棒: デカールを模型表面に移動させた後の位置調整や、余分な水分、気泡を押し出すために使用します。先端がしっかりしていて、細かい作業がしやすいものが適しています。一般的な綿棒で構いませんが、塗料のはみ出し拭き取りなど模型用に特化した先端の硬い綿棒もあります。
- ティッシュペーパー/キッチンペーパー/吸水性の高い布: デカールを水から引き上げる際の水滴を吸わせたり、貼った後に余分な水分を拭き取ったりするのに使用します。繊維が残りにくいものが望ましいです。
これらの基本ツールに加えて、デカール貼りの成功率を飛躍的に高めるための「専門ツール」があります。それが次にご紹介するデカール軟化剤と密着剤です。
デカール貼りを格段に楽にする専門ツール:軟化剤と密着剤
模型用のデカール軟化剤と密着剤は、初心者の方にとっては「何のために使うの?」「違いが分からない」と感じるツールかもしれません。しかし、これらを適切に使用することで、デカールをよりスムーズに、そして美しく貼ることが可能になります。
マークセッター(デカール密着剤)
マークセッターは、デカールを模型表面に「しっかり貼り付ける」ことを助けるツールです。主成分として糊成分と、デカールのノリをわずかに溶かすための溶剤(酢酸ブチルなど)を含んでいます。
効果と役割: * 密着力の向上: デカールの糊だけでは定着しにくい、ツルツルした表面や、わずかな凹凸にもデカールをしっかりと密着させます。 * 位置調整の容易化: 塗布面にわずかなヌルつきができるため、デカールを置いた後の微細な位置調整がしやすくなります。 * 白化の抑制: デカールのノリと模型表面の間に隙間ができると、乾燥後に白化の原因となることがありますが、セッターはこれを埋めて密着度を高めることで白化を防ぐ効果も期待できます。
主に、デカールを貼る場所にあらかじめ少量塗布して使用します。
マークソフター(デカール軟化剤)
マークソフターは、その名の通りデカールを「柔らかくする」ツールです。デカールのフィルム成分を化学的に軟化させるための比較的強い溶剤(ジカルボン酸など)を含んでいます。
効果と役割: * 凹凸への追従: 模型表面にあるモールド(彫刻)や段差、曲面などに、デカールを隙間なくぴったりと馴染ませることができます。 * シワの解消: 貼り付け時にできてしまった小さなシワを、軟化させて伸ばす効果があります。
主に、デカールを貼って位置が決まった後、デカールの上から少量塗布して使用します。塗布するとデカールが一度フニャフニャになりますが、乾燥すると再び硬化し、表面に密着した状態になります。
マークセッターとマークソフターの違い・使い分け
端的に言うと、マークセッターは「貼り付けを助ける」ツール、マークソフターは「デカールを柔らかくして馴染ませる」ツールです。
- マークセッター: デカールの密着を最優先したい場合や、大きな面積のデカール、ツルツルした面への貼り付けに適しています。
- マークソフター: パネルラインやリベットなどのモールドにデカールを馴染ませたい場合、曲面に貼る場合、あるいはデカールが厚めで硬い場合に有効です。
製品によっては、セッターとソフターの両方の成分を兼ね備えたものもありますが、一般的には用途に合わせて使い分けることで、より効果を発揮します。初心者のうちは、まずはセッターでしっかり密着させ、それでもモールドへの追従が足りない場合にソフターを試す、といった使い方が良いでしょう。
軟化剤・密着剤の種類と選び方
模型メーカー各社から様々な軟化剤・密着剤が販売されています。主なものとしては、タミヤのマークフィット(セッターとソフターがあり、それぞれ「強力タイプ」もある)、GSIクレオス(Mr.ホビー)のマークセッター、マークソフターなどがあります。
選び方のポイント:
- デカールの種類との相性: 海外製デカールや古くて硬くなったデカールには、溶剤成分が比較的強力な製品(タミヤ マークフィット 強力タイプなど)が有効な場合があります。一方、国産デカールや薄手のデカールには、一般的な強さの製品で十分なことがほとんどです。まずは一般的なタイプから試してみるのがおすすめです。
- 模型表面の状態: 表面に凸凹が多い場合は、軟化効果の高いソフター系の製品がより重要になります。逆に、ほぼ平滑な面であれば、セッターで十分な場合が多いです。
- コストパフォーマンス: 内容量に対して価格は様々です。頻繁に模型を作る場合は、容量の多いものが経済的です。ただし、開封後は徐々に劣化するため、使いきれる量を選ぶことも大切です。
- 初心者向けのおすすめ: 最初の一本としては、タミヤのマークフィット(ノーマルタイプ)やGSIクレオスのマークセッター/ソフター(瓶入り)が定番で扱いやすいでしょう。まずはセッターで基本的な密着を学び、慣れてきたらソフターや強力タイプを試すのが良いステップです。
正しい使い方と手順:失敗しないために
デカール貼り、特に軟化剤や密着剤を使用する際は、正しい手順を守ることが非常に重要です。
- 下地処理: デカールを貼る表面は、事前にクリアー塗装などで滑らかにしておくのが理想的です。表面がザラついていると、デカールと密着しにくく、白化の原因になります。ツヤありのクリアーでコートすると、よりデカールが貼りやすくなります。
- デカールの準備: 必要なデカールを、デザインナイフなどで余白を少なくカットします。切りすぎや、デザインを傷つけないよう注意が必要です。
- 水に浸ける: カットしたデカールを、デカール皿に入れた水に浸けます。完全に沈むようにしてください。数十秒から1分ほどで台紙からスライドできるようになりますが、製品によって必要な浸水時間は異なります。無理に剥がそうとせず、自然に動くようになるまで待ちます。
- 水分を吸わせる: 台紙からスライドできるようになったら、ピンセットでデカールを掴み、水面から引き上げてティッシュなどの上に置き、余分な水分を吸わせます。この時、デカール自体ではなく、台紙の裏側にティッシュを当てるようにすると、デカールが台紙から剥がれすぎるのを防げます。
- マークセッターの塗布(必要な場合): デカールを貼る模型表面に、筆などを使ってマークセッターを少量、薄く塗布します。広範囲に塗りすぎると、デカールの位置調整が難しくなることがあります。
- デカールを貼る: 台紙の上にデカールを乗せたまま、またはピンセットでデカールだけを掴み、セッターを塗布した場所に移動させます。台紙からスライドさせて移動させるのが一般的で安全です。
- 位置調整: 綿棒の先を少し湿らせて、デカールを優しく押しながら正しい位置に移動させます。セッターを塗布していると、この作業がスムーズに行えます。
- 水分・気泡の除去: 位置が決まったら、綿棒やティッシュを使って、デカールの中央から外側に向かって優しく押さえ、水分や下に閉じ込められた気泡を押し出します。強く擦るとデカールが破れるので注意が必要です。
- マークソフターの塗布(必要な場合): モールドへの馴染ませやシワ取りが必要な箇所に、デカールの上からマークソフターを少量、筆で塗布します。一度に多量に塗布するとデカールが溶解・破損する危険があるため、少量ずつ様子を見ながら行ってください。特に強力タイプは注意が必要です。塗布するとデカールが一時的にシワシワになりますが、触らずに自然乾燥させます。乾燥と共にシワが伸びて馴染みます。
- 十分な乾燥: デカールが完全に乾燥するまで、数時間から理想的には丸一日放置します。乾燥が不十分な状態で触ると、位置ずれや剥がれの原因になります。
- クリアーコート(推奨): デカールが完全に乾燥・定着したら、その上からクリアー塗料で保護コートすることをおすすめします。これにより、デカールの剥がれを防ぎ、段差を軽減し、仕上がりの統一感を出すことができます。光沢仕上げにするか、つや消し仕上げにするかは、模型の表現に合わせて選びます。
初心者が見落としがちな注意点と失敗談、その対策
デカール貼りは、ちょっとした不注意で失敗してしまうことがあります。ここでは、初心者の方が経験しやすい失敗談と、その対策をご紹介します。
- 失敗談1:白化
- 原因: デカールと模型表面の間に水分や空気が閉じ込められた、または水にミネラル分が多い、下地処理が不十分で密着しなかった、などが考えられます。
- 対策: 水分・気泡をしっかり押し出すこと、マークセッターで密着度を高めること、可能であれば精製水を使用すること、デカールを貼る面を滑らかにすること(ツヤありクリアーコートなど)が有効です。乾燥後に白化してしまった場合は、つや消しクリアーを厚めに吹くと目立たなくなる場合があります。
- 失敗談2:シワや浮き
- 原因: モールドや曲面にデカールが馴染んでいない、または軟化剤の使用量が不十分・不適切である。
- 対策: 位置が決まったら、デカールの上からマークソフターを少量塗布し、モールドに馴染ませるように優しく綿棒で押さえます。一度で馴染まない場合は、乾燥を待ってから少量ずつ追加で塗布することもあります。強力タイプのソフターは効果が高い反面、デカールを傷めるリスクもあるため、少量から試すのが安全です。
- 失敗談3:デカールの破れ
- 原因: 強引に台紙から剥がした、ピンセットで強く掴みすぎた、水分・気泡を押し出す際に強く擦りすぎた、軟化剤を多量に使いすぎた。
- 対策: デカールが台紙から自然にスライドするまで十分に水に浸けること。ピンセットは先端の細すぎないものを選び、優しく扱うこと。水分・気泡の押し出しは、中央から外側へ、優しく、綿棒に吸わせるように行うこと。軟化剤は少量ずつ、様子を見ながら塗布すること。
- 筆者の失敗談: 私は初めて軟化剤を使った際、その効果を試そうと大量に塗布してしまい、デカールがフニャフニャになりすぎて破れてしまった経験があります。特に海外製や古いデカールは予備で試してから使うことをお勧めします。
- 失敗談4:位置ずれや剥がれ
- 原因: 乾燥が不十分なまま触ってしまった、下地処理が不十分で密着しなかった、クリアーコートでデカールが動いてしまった。
- 対策: デカール貼りの後は、完全に乾燥するまで触らないこと。マークセッターでしっかり密着させること。クリアーコートは、デカールが完全に乾燥してから、最初は砂吹き(塗料を薄く軽く吹き付ける)でデカールを固定し、その後本吹きを行うことで、デカールが動くリスクを減らせます。
古いキットのデカールは、経年劣化で黄ばんだり、パリパリになって水に浸けると砕けてしまったりすることがあります。このような場合は、デカール再生材を使ったり、新しいデカールを別途入手したりすることも検討してください。
メンテナンスと保管
デカール関連のツール、特に瓶入りの軟化剤や密着剤は、キャップをしっかり閉めて直射日光を避け、冷暗所に保管してください。揮発性が高いため、キャップが緩んでいるとすぐに量が減ったり、成分が劣化したりします。筆を使用した場合は、使用後すぐにうすめ液などで綺麗に洗浄しておきましょう。
まとめ:適切なツールでデカール貼りのステップアップを
模型のデカール貼りは、適切なツールを使い、手順を丁寧に踏むことで、その成功率と仕上がりを格段に向上させることができます。今回ご紹介したマークセッターやマークソフターといった専門ツールは、最初は難しく感じるかもしれませんが、その効果を理解し、少量ずつ試しながら使っていくことで、必ずや貴方の模型製作における強力な「偏愛道具」となるでしょう。
特に、始めたばかりで「せっかく作った模型に失敗したくない」と考えている方にとって、これらのツールはリスクを減らし、自信を持って作業を進めるための頼れる味方となります。
デカール貼りの精度が上がれば、これまで敬遠していた複雑なマーキングのキットにも挑戦できるようになり、模型製作の楽しみ方がさらに広がるはずです。ぜひ、この記事を参考に、デカール貼りに必要なツールを揃え、ワンランク上の模型製作を目指してみてください。